野営とは何か?自分で野営地を探して人里離れた自然の中でキャンプの本質を味わう遊び

2011年の東日本大震災ごろから始まった第二次キャンプブームは落ち着くどころかより盛り上がりを見せており、10年以上に渡って継続したことで一過性のブームからカルチャーとして定着してきた感があります。

防災とキャンプの親和性が高く、低価格なキャンプギアが増えたことで気軽にキャンプ始めやすい環境が整いました。

しかしキャンプ人口が増えたことでキャンプ場が過密気味になり、自然に触れに来たのにまわりは人だらけという状況も珍しくありません。

キャンプとは別に野営という言葉があり、本来はキャンプ=野営の意味なはずですが、キャンプ場でキャンプすることが主流になっているため、あえてそれ以外のキャンプを野営を表現して差別化しています。

釣りで例えるならキャンプが釣り堀で野営は渓流釣りといった具合でしょうか。

管理の行き届いたキャンプ場は炊事場やトイレが整備されており、家族連れや女性でも安心して寝泊まりすることができます。

しかし人の手が行き届いているほど自由が制限され、キャンプの本質からは遠ざかってしまうのが欠点です。

一定数の人はそんなキャンプ場では満足できなくなり、野営へと嗜好が変化する場合があります。

野営とは別にブッシュクラフトという言葉も登場し定義が曖昧になっていますが、定義すると陳腐化しそうな気がします。

日本において野営地を探すのは容易ではなく、ある程度知識を持っていないとトラブルを起こしかねません。

おそらくキャンパーにとって最後の楽園と呼べるのが河川法で守られている河原や河川敷で、白黒どちらとも言えないグレーな領域です。

1) 河川法第24条の占用許可を受けることを要しないもの
運動場及び公園緑地等の利用目的をもって、河川区域内の土地を占用しようとする場合は河川管理者の許可が必要ですが、次の場合には不要です。

[1] 自由使用の場合(水泳、洗濯、魚釣り、遊技等)
[2] 河川区域の土地で、その土地の権原を有する者がその管理する土地を使用する場合。 (ただし、当該土地であっても、工作物の新築等の許可、土地の掘削等の許可は必要です。)

河川 | 国土交通省 関東地方整備局

基本的に周囲に民家がなく事前に役所や自治体へ確認を取れば、問題なく野営できる場合がほとんどです。

自分で野営地を探して実際にその場へ行き野営が可能か判断するのが本来のキャンプだと思いますが、決められた区画でまわりと同じような行動を取ることが多数派となってしまいました。

ファミリーキャンプのような安全性を優先したレジャーとして割り切るなら良いですが、カルチャーとしてより深く根付かせるなら本質から学ぶ必要があります。

登山で何度もテント泊しているような人はある意味野営に近い状況ですが、目的はあくまで登山であり同じ場所でのんびりと過ごすことはありません。

また緊急時以外はテント場がある程度決まっており登山道と接しているので他の登山客の目にも触れます。

野営はそこで生活することが目的なので、その間は自由に活動して好きなことをして過ごせます。

通信の電波も入らないような場所では野生動物や不審者と遭遇してもすべて自分で対処しなけばならないので、自由と危険は常に隣り合わせです。

山火事や怪我などのリスクも当然ありますが、それでも野営すら許されない社会になったらそれは健全でない気がします。

迷惑キャンパーが増えたのもキャンプ場の利便性が上がり、街中と同じような感覚で騒音を発したりゴミを放置して帰る人が寄り付きやすい環境になったからです。

不便なキャンプ場へわざわざやってくるキャンパーほどしっかりとマナーを弁えている割合が多いです。

直接車を乗り付けられるレジャー施設と化したキャンプ場は、気軽にキャンプできる分そうしたトラブルに巻き込まれやすいです。

野営は社会から距離をおき何もない場所で生活するので、誰も注意してくれませんしすべて自己責任として自分に返ってくるので、己を律するという意味では良い体験となるでしょう。

登山ほどシビアに装備選びをする必要はないですし、最悪いつでも帰れるのでハードルが高すぎることはありません。

日本はホームレスを徹底排除するくらいなので都会にも田舎にも野外で寝泊まりする場所が少ないです。

白黒はっきり区分けされた社会はいっけん良さそうに見えますが、まったく遊びがなく心から落ち着ける場所がありそうでないです。

街灯の明かりも届かないほど漆黒の闇に包まれた自然の中で過ごす野営は、キャンプ場とは違った楽しみがあり現代人が失いかけている感覚を刺激してくれます。

野営地の探し方/その覚悟は本物か?/キャンプ場以外でソロキャンプ