物質主義からの脱却 新しい買い物は手にした瞬間が幸福度のピークだとエリザベス・ダンは言う

生まれた時から物欲まみれ

私たちは物心付いた時から物質主義によって支配されています。

誕生日プレゼントやクリスマスプレゼントを心待ちにして、新しいおもちゃを買い与えられると夢中で遊んでいました。

ひとしきり遊び終えると満足してしまい、また違う新しいおもちゃが欲しくなります。

翌年になって新しいおもちゃを手にすると前に買ったおもちゃは押入れの隅へと追いやられてしまいます。

こうして幼い時期に物質主義にまみれた生活をおくると大人になってもその習慣が抜けません。

大人になってから振り返ってもプレゼントを買ってもらった直後の記憶はやんわりと覚えていても、そのおもちゃで遊んだ事細かな記憶は意外と残っていません。

メディアは日々過剰な広告を垂れ流し続け、私たちの物欲を刺激してきます。

日本では街頭にもポスターや看板がはびこっているので、無意識のうちに物質主義が刷り込まれてしまうのは当然です。

物質主義の限界

『人は新しいものを手に入れた際は最初の瞬間が最も幸せで、時間とともに幸福度は低下する。しかし今あるものを大事にすることで、その歴史が刻まれ幸福度が増していく。』

社会心理学者のエリザベス・ダン博士は幸福学を研究しており、このような気持ちの変化が起こると述べています。

物よりも経験そして自分よりも他人に対してお金を使うことで精神的な豊かさが向上するそうです。

そう考えると親から子へのプレゼントはむしろ親の方が幸福度が高い行為なのかもしれません。

物質主義とはいわば買った瞬間の一時的な高揚感を味わうためにお金を支払うようなもので、物が当たり前に手元にある状態では幸福度には影響しなくなります。

年収がある一定以上になると幸福度が上がらなくなるのも物質主義の限界を表していると言えます。

精神主義と分かち合い遺伝子

他人に寄付したり分け与えると自分が物を手にした時よりも高い幸福度を得られる遺伝子が人には組み込まれているようで、それが例え幼児であっても同じ感情が芽生えるそうです。

人間は大昔から集団生活をする生き物なので、分かち合いの遺伝子が脈々と受け継がれているのでしょう。

日本という小さな島国では限られた土地でやり繰りしなければならないので、特に助け合いの精神が色濃く残っています。

寄付はお金に余裕のある富裕層が積極的に行っているイメージがありますが、一通りの物欲を満たした人がそれ以上の幸福を求めると、自然に他人へ資産を投じることに喜びを感じるようになるのでしょう。

どんなに高い買い物をしても自己満足の世界ですから、承認欲求がいつまでも満たされることはありません。

もし衝動的な物欲を満たすために生活にたいして必要ない買い物をくり返しているなら、そのお金で出かけてみたり、ささやかな寄付をすると物質主義から距離をおいて少し冷静になれます。

それによりただ物欲を満たすだけの生活から、より意味のあるお金の使い方を考えるようになるので、無駄な買い物が減り、精神的にも満たされる生活へシフトできます。

物欲以上の高揚感が味わえて他人にもプラスになるのだからこの性質を利用しない手はありません。

自分は貧乏だから不幸であるというのは物質主義が生み出した幻想で、たしかに最低限の生活費は必要ですが、いかに物質主義に囚われず精神主義へ移行できるか、そして他人と分かち合えるかという意識の違いが幸福度を高めると思います。

貧乏は思ったほど不幸じゃない問題とお金持ちは思ったほど幸福を感じていない問題が生じています。

テクノロジーの進歩で持ち物を極力所有せずとも生活できてしまう環境が整ってきました。

スマホがどれだけの生活用品を隅へ追いやったか考えるとわかりやすいと思います。

精神主義と分かち合いの遺伝子が活性化するような社会になれば、人類がまた一歩前進するはずです。