ファッション (流行) に惑わされず自分なりのスタイルを確立することの大切さ

ファッションとは世間で流行している装いのことを指しますが、流行には必ず栄枯盛衰が訪れるので流行に乗ろうとすると常にワードローブを更新し続けなければなりません。

そうならないためには自分のなかに確固たるスタイルを確立し、それを生涯に渡って追求するというのが王道だと思います。

クラシックベーシックに該当する服は短期間で使い捨てるように消費されるものではなく、何十年や世代を超えて引き継がれていきます。

時代を経て使い込んだ服は多少なりとも傷んできますが、それもまた味として楽しめるので流行とは対局の関係です。


Photo by Grey Fox

チャールズ皇太子が着ている英国伝統のワックスドジャケットは何度もリペアされて継ぎ接ぎだらけですが、使い込むほど格好良いという価値観がイギリスには根付いています。

一般的な日本人の感覚だと汚らしい古着を捨てて新品のジャケットを買いたくなるでしょう。

日本も一昔前は嫁入り道具として着物を代々受け継いでいたり、ボロボロの古着でも継ぎ接ぎして最後は雑巾になるまで使い倒すのが当たり前でした。

大量生産・大量消費の時代になると服の値段が下がり、従来の価値観が薄れてマスメディアもそれを後押ししました。

さらにマスメディアが流行を生み出すようになり、毎年のように服を更新させて消費を煽ることが平然と行われるようになりました。

ただZARAの大量閉店など昨今の状況を見ると、これまで通用していたビジネスモデルが過渡期に入ったと感じます。

ファストファッションのなかでもユニクロのように徹底してベーシックを追求しているブランドは、ただ流行を追い続けているブランドよりも活路を見いだせると思います。

日本は戦後アメリカの影響をもろに受けているので、アメリカの表層的な部分だけを輸入してしまい、アメカジのような非常にカジュアルな服装が定着してしまいました。

ヨーロッパに比べるとかなり着崩した印象のあるアメリカであっても最低限のTPO (時と所と場合) は持ち合わせていますが、日本ではそこまで本質的な要素までは吸収できていません。

10代は制服を着て過ごし、20代で就職してからも多くのサラリーマンは吊るしのスーツで働くので、服に対する知識がないまま大人になります。

挙句の果てには結婚しても服に無頓着だと嫁が買ってきた服をただ着るだけのお人形と化します。

おそらくそんな国は世界中探しても日本だけではないかと思います。

オシャレやダサいという問題ではなくスタイルを確立すると自分の服は自分で選ぶという自立心が芽生えるので、他人に自分の着るものを決められることに違和感を覚えます。

私服ならまだしもビジネスシーンにおいては自分で物事を考えられない人だと見透かされてしまうので、TPOや自己演出にもっと敏感になる必要があります。

どんなにグルメな食材を使ったおかずを前にしても基本であるご飯とみそ汁がなければ成立しないので、ファッションよりもスタイルで服を選びましょう。

毎日食べても飽きのこない味こそ日常生活に欠かせない自分自身を形作るものです。

服装という視覚的な要素だけでなく言葉遣いや所作といった生き方まで含めたライフスタイルの一部にクラシックやベーシックがあり、ファッションはその枝先に生える葉でいずれ枯れ落ちてしまう存在です。

安物買いの銭失いというほど最近の安い服は悪くなく探せば良い服もあるので、インスタントラーメンで食いつなぐような惨めな消費ではなく、本質を見極める目を養いましょう。