ファッションデザイナーの服装がシンプルな理由

毎年コレクション (ファッションショー) が各地で開催され、各ブランドが最新のデザインを披露しますが、最後に登場するトップデザイナーたちの服装は至ってシンプルな場合が多いです。
ショー向けにデザインされた服はあくまでブランドの方向性を見せるための服であり、実用性とはかけ離れています。
F1カーがサーキット (モナコGPとか市街地だけど) でしか走らないように、奇抜な服を着たモデルもランウェイの上を歩きます。
その後に有名人が着用したり一部のファッションフリークが日常に持ち込んだりしますが、基本的には現実とかけ離れた服です。
デザイナーは裏方としてブランドを支える立場なので、悪目立ちするようなことは避けなければなりません。
他のハイブランドで身を固めるのは違うと思いますし、自然とシンプルな服を着るようになります。
綺羅びやかなイメージのモデルも服を引き立てることが仕事なので、普段はシンプルな服装で過ごしていたりします。
スタイリストも一般人とは比較にならない知識を持っているにも関わらず、一見すると地味な服装に見えたりします。
少なくとも何も考えていない大衆よりはファッションの本質に近づけていると思われます。
消費者が目まぐるしく変わるトレンドに飛びつき、毎シーズン違ったデザインの服を着たがる傾向とは明らかなギャップがあります。
なぜこれほどまで作り手と消費者の間にギャップが生じてしまうのでしょうか?

目次
服の価値をわかっている
作り手は服になる前の段階から素材の価格を把握しており、ブランド料を上乗せした時の跳ね上がり具合を知っているので、ハイブランドにはあまり興味がなくなります。
ビジネスなので利益を出すための価格設定は当然ですが、原価率はハイブランドになるほど下がっていくので、そうした業界の裏側まで知り尽くした人は闇雲に手を出しません。
本質を知ることはファッションを楽しむ上で必ずしもプラスではないと思います。
純粋にお気に入りのブランドを身に着けて満足する消費者の方が幸せなのかもしれません。
トレンドに頼らない
トレンドに乗るというよりも自らトレンドを作り出す側なので、世間のトレンドに敏感になりすぎては身が持ちません。
自分の中にファッションに対する確固たる意志を持てば、あっという間に過ぎ去るトレンドと付き合わずに済みます。
特にメンズファッションはレディースほどトレンドの振り幅が大きくないので、よりトラディショナルなデザインに落ち着きます。
裏方に徹するデザイナーの存在
アンチモードを掲げメゾン・マルタン・マルジェラを設立したマルタン・マルジェラや、経営難だったプラダを立て直し倒産危機から救ったミウッチャ・プラダなどはコレクションにすらほとんど顔を出さず裏方に徹するスタイルです。
商業的に見ればデザイナーが表で活動することはプラスに働くことが多いですが、あえて存在を消すことでブランドをより奥深いものにしています。
マルジェラにせよプラダにせよ消費されるだけのファッション業界において、譲れない信念を失わない素晴らしいブランドだと思います。
プラダ(PRADA)のコレクションの「意味」するところをひもとく作業は、なかなかデリケートだ。とは言え、実のところ、その意味は明白──衣服とは、社会のあらゆる物事を運ぶ装置であり、社会こそが、ミウッチャがプレイの場とする広々と開けたフィールドなのである。秋冬コレクションのセットの壁は、ウィーン分離派を思わせる花柄の壁紙で覆われていた。「当時は、芸術家や職人、労働者、知識人が一丸となって、良きものを生み出していた時代でした」
このメッセージは、大量生産と過剰消費の時代に生きる私たちの心を鋭く打つ。「私の主な関心事は、創造性と手工業の連携。そして、職人技の価値設定。職人の情熱や手仕事が、くだらない芸術よりはるかに勝っていることだってあるのよ」とミウッチャは、きらりと目を光らせる。そして、「19世紀におけるアーツ・アンド・クラフツ運動は、ぞんざいな物づくりを行う工業化への抗議でした。現在の私も、きっと何かに対して抗議しているんでしょうね。出来の良し悪しなど、誰も気にしていないってことに」と笑う。
無駄が削ぎ落とされシンプルに
普段着として服の選び方を考えるとあまり奇抜で派手な服は全体の調和を取りにくいので、ファッションを熟知するほどミニマルなデザインに収束していきます。
またトレンドに左右されない定番と呼ばれるプロダクトは着る人の個性を邪魔しないので、普遍的な美しさを兼ね備えています。
普通と言っても人それぞれ価値観が違うので定義するのは難しいですが、定番まで登りつめたプロダクトには限りなく普通を感じます。
実は普通を追求することが一番難しいことなのかもしれません。
スティーブ・ジョブスも生前にライフスタイルを激変させるようなプロダクトを発表する際に、濃紺のタートルネックとブルージーンズとスニーカーという出で立ちでプレゼンしました。
歴史的な場面なのでジャケット一枚羽織りたくなりますが、彼は一貫して自分のファッションを崩しませんでした。
クリエイターの思考が洗練されるとファッションにも反映され、無駄を削ぎ落としたシンプルなデザインを好むようになるのでしょうか。
万人に好かれるものはダサい?
よく大衆受けする芸能やアートは底が浅くて面白みがないと言われます。
しかしそこに歴史と伝統が乗ると何とも言えない心地よさが加わります。
古典落語の演目も定番が何百年と飽きることなく擦られ続けています。
落語家の技量やアレンジでまったく別物のような新鮮さがあり、結局大切なのは外見ではなく中身だという事がわかります。
過去のトレンドが再評価され現代でリバイバルするのはそこに時代の流れを感じられるからです。
消費を喚起させるには都合の良い戦略でもありますが、それでも常に未知のものを追い求めるのではなく過去を反芻するのはそれだけ優れた遺産だからでしょう。
プロフェッショナルとして内面を研ぎ澄ませているからこそ、吹けば呼ぶようなトレンドに身を包まなくとも定番の服を着るだけで様になるのでしょう。
例え定番でも歴史を知った上で身につけるのと何となくでは天地の差があります。
消費者がギャップに気付けるヒント
ランウェイのフィナーレで登場するデザイナーの出で立ちはとても自然体で安堵と喜びの表情を浮かべています。
夢の舞台が終わり現実に引き戻される場面でもあり、先ほどまでの綺羅びやかさと比べて地味に感じますが、それこそがギャップに気付けるヒントでもあります。
ミニマルなデザインの美しさ。
定番を長く愛用する。
本質とは何かを考える。
内面の鍛錬を怠らない。
ファッションデザイナーからそうしたメッセージを感じ取れたら、また新たな感覚でファッションを楽しめるはずです。
個性というものは服ではなく内面から滲み出てくるものなので、服で差別化を図らなくても本来薄味で十分なのです。










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