行水 (水浴び) タライで体を洗い夏には暑さをしのぎ涼を取る近代化によって姿を消した風習


Photo by Wikipedia

現代社会では家庭用給湯器が当たり前のように普及したことで、いつでも簡単にお湯を得ることが可能になり、行水 (水浴び) という言葉はほとんど使われません。

しかし普及する前は家庭にお風呂があることが珍しく、大きなタライにや水を張り薬缶で沸かしたお湯を加えて温度調節してから行水をしていました。

晴れた夏の日には庭先に水を張ったタライを置き日光で温めた日向水を利用することもあり、現代の入浴に比べて非常にシンプルです。

大きなタライと洗濯板があればそれだけでお風呂と洗濯が可能というのは、複雑化する現代人の生活を見直すきっかけとなるでしょう。

取りあえず生活インフラが機能しなくなってもタライさえあれば清潔を保てるので、防災用にタライをひとつ持っておくのも良さそうです。

今でも子供のいる家庭で庭やベランダにちょっとしたスペースがあればビニールプールを置いて子供と水遊びする光景を見かけますが、あくまで遊びの範疇に留まります。

私は大人ですが夏場は湯船には浸からず軽く汗を流す程度のまさしくカラスの行水なので、わざわざ湯船にお湯を張る行為が無駄に感じるようになりました。

それならシャワーで十分ですが自宅のシャワーはなぜか水しか出ないので、湯船の水を使って行水している状態です。

仮にシャワーからお湯が出たとしてもそれは給湯器で沸かしたお湯なので、日向水や薬缶で少量沸かすお湯とは比較になりません。

夏場もしっかりと湯船に浸かる方が健康に良いと言われていますが、入浴後に再び汗をかいて体温も高い状態になるのは不快なので、ぬるま湯でさっと汗を流す方が心地よいです。

昔はクーラーや扇風機がなかったので、日中の暑さで火照った体を行水でクールダウンしてから再度出かけるといった習慣がありました。

行水は夏の季語になるほど人々の生活に根付いていた風習ですが、お風呂やシャワーの方が便利なので徐々に廃れていきました。

大昔は木製でそこから耐久性を高めたトタンやアルミニウムで作られた金ダライが開発され、さらにプラスチック製のタライが出てきました。

金たらいなんてドリフのコントでしかなかなかお目にかかれず、直径1メートル以上ある行水用の金ダライは販売すらされなくなりました。

今は昔と比べて夏の暑さが厳しくクーラー必須の時代ですが、昭和40年代ごろまではどの家庭にもタライがあり行水が一般的に行われていたと考えると、行水によるクールダウンで案外快適に過ごせていたのではないかと思います。

クーラーの排熱でますます暑くなる都市より、行水して涼を取り暑さをやり過ごす昔の生活の方が環境に優しかったでしょう。

120リットルもあれば大人が半身浴できるほどの水量ですが、それでもバスタブは200リットルほどあり入浴がいかに贅沢な行為かわかります。

木製や金ダライの方が趣があって良いですが、今ではなかなか入手困難なので行水用ならプラスチック製のタライが手ごろな価格です。

昭和までは庭先で女性が行水するのが普通だった何ともおおらかな時代でしたが、そうした習慣も廃れて人々に余裕のない殺伐とした時代になったと感じます。

何でも効率を優先して給湯器や洗濯機などの文明の利器が人々からおおらかさを奪ったのだとしたら、それは発展ではなく退化した部分も多そうです。

花火 行水 夏休み★昭和の夏 吉田拓郎