かつて農耕民族だった日本人が群集心理から巣立つ時
Photo by born1945
人類は農業によって土地に留まり定住することが可能になって文明社会を形成できるようになりました。
歴史があると言ってもせいぜい1万年前に農耕の形跡が見つかった程度で、それまではずっと狩猟を中心に世界各地を渡り歩いていたと考えられます。
日本でも大陸などから稲作が伝わり、米によって食糧の安定供給できる環境が整ったことで日本にも文明が誕生します。
島国なので他の文明との接触は少なからずありましたが、他国に侵略されることなく独自の進化を遂げてきました。
国民の多くが農民で春に田畑を耕し、種を蒔き、苗を植え、夏には野菜を収穫して食べ、秋に稲穂を刈り取り五穀豊穣を祝う宴を催し、厳しい冬には収穫した食料を保存食にして春の到来を待つという年間サイクルのなかで暮らしていました。
日本人に根付く意識
戦後に安い外国産の食べ物が輸入されてくるまでは日本の食糧自給率はほぼ100%に近い数字でした。
農業をするに当たってどうしても地域や家族単位で強い結びつきがないと食料生産に支障が出ます。
こうした暮らしの中で個人よりも集団行動を重んじる傾向が強くなっていったのではないかと思われます。
日本人は集団での統率した行動に優れている一方で、各自が考えて単独行動するような場面では力を発揮できないケースが見受けられます。
そもそもリーダーシップを取れる人材が生まれにくい、またはリーダーを失うと途端に統率が損なわれてしまうようなことが起きます。
農業をするに当たっても癖のある性格や特出した技術や体力があるよりも癖が無くそこそこの技術と体力が備わっていたほうが統率しやすいです。
昔はそういった統率の取れた集団から外れると変わり者扱いされ居場所がありません。
軍隊にも日本人の意識は根付いており終戦するまで滅私奉公の精神を持って戦いました。
これはあくまで戦時中なので賛否両論あるかとは思いますが一丸に善悪の判断はつきません。
そして生き残った元軍人たちが戦場から戻り、再び日本の国力を取り戻すべく一生懸命に働いた結果として今の社会にまで繋がっています。
社会の歯車として統率の取れた行動は日本人に取っ手は朝飯前で、ひたすら目の前の仕事をこなしていけば未来は明るかった時代です。
社会システムの転換期
田畑に変わって会社に身を委ねながら生きてこれた日本人でしたが近年はその状況が一変しました。
日本の企業の特徴のひとつとされた滅私奉公の精神で今までのように仕事をしても未来の展望が見えません。
反対にそうした企業の業績が著しく低下し始めています。もはや会社が個人の面倒を見られるほど余裕がないのかも知れません。
多数派同調バイアスという大勢が同じ行動を取っていると無意識にそれに合わせてしまう心理状態があります。
それに正常性バイアスという異常事態の時に異常を正常と判断して事の重大さに対応できない心理が加わると非常に厄介です。
よく同調圧力や足の引っ張り合いが日本特有のような意見がありますが、むしろ宗教の盛んな海外の方が締め付けが強いとも考えられます。
決定的な違いは個人の意識が育っておらず、単独行動に不慣れなためプレッシャーに負けて自分の主張を貫くのが難しいのではないでしょうか。
群衆による圧倒的な高度経済成長は素晴らしいことですが、時代も移り変わりいつまでも成功体験にしがみついている場合ではありません。
旧時代の社会システムがしぶとく残っている以上、自分の身を守れるのは自分だけなので少し遠目で今の社会システム全体を見渡してみます。
そして今後自分に不利益を被るような要素があれば、そうならないうちに対処できるところは対処しておく必要があります。
例え変わり者扱いされても今はネット社会なので同じ志の人が必ずいると思います。そうした人たちと組んだり情報を仕入れたりすれば何も恐れる必要はありません。
昔からサンカといって山地や里周辺を回遊しながら生活する人たちがいるようですが、今でいうノマドワーカー的な感じでしょうか。
別に定住せずに回遊しろという事ではなく、生活するには様々な選択肢があることを知っているのと知らないのとでは大きな差があるということです。
もし会社をひとつの農地や集落として、そこで息苦しさを感じているようであれば、もっと視野を広げて他の農地や集落を探してみたり、まったく農民からはかけ離れた生き方を選択することも可能です。
近い将来に劇的な転換期が訪れることは確実なので、それまでに心の準備だけは怠らず何事も受け流せる意識を身につけましょう。
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