戦後混乱期の闇市で価値があったもの

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終戦直後の混乱期(1945年〜1947年頃)の闇市において、何が最も価値が高かったのか。これは「単なる価格(取引金額)」だけでなく、「命を繋ぐための切実さ(需要)」、「通貨の代わりになる流動性」、そして「手に入りにくさ(希少性)」を総合的に考慮する必要があります。
当時の社会情勢に基づき、実質的な価値の高さをランキング形式でまとめました。
終戦直後の日本では、まともな流通が崩壊した中で闇市が人々の命綱となっていました。そこで取引された品々を、当時の生々しい実態とともに紹介します。
目次
第1位:主食(闇米・サツマイモ・ジャガイモ)
終戦直後の日本は、引き揚げ者による人口急増、記録的な凶作、空襲による物流崩壊が重なり、「一千万人が餓死するかもしれない」という言葉が現実味を帯びるほどの食糧難でした。
政府の配給は何日も何週間も遅れるのが当たり前で、その制度を律儀に守り続けた東京地裁の山口良忠判事が1947年に栄養失調で亡くなった事件は、当時の配給制度がいかに機能していなかったかを象徴しています。
生きるために人々は食糧管理法を犯して闇米を買うしかなく、公定価格の最大200倍もの値がつきました。都市部の住民は高級な着物や帯、宝飾品をリュックに詰めて農村へ出向き、米や芋と交換してもらいました。
持ち物を一枚一枚剥いでいく様子がタケノコの皮むきに似ていることから、こうした生活は「タケノコ生活」と呼ばれました。
第2位:特効薬(ペニシリン・サルファ剤)
栄養失調の国民を次々と襲ったのが結核、肺炎、発疹チフス、梅毒といった病気でした。当時の日本にはこれらを確実に治せる薬がなく、かかればそのまま死につながることも珍しくありませんでした。そこへGHQが持ち込んだのが、世界初の抗生物質ペニシリンです。
死の淵から人を救い出す「奇跡の薬」として、1グラムあたりの価値は闇市最高値を誇り、一本で銀座の一等地や家一軒と交換されるケースすらありました。
当然、ただの小麦粉や水を詰めた偽物も横行し、それを掴まされて命を落とす人が後を絶たないほど、命がけの取引が日常的に行われていました。
第3位:旧軍の隠退蔵衣類(軍用毛布・軍服)
空襲で家財をすべて失った人々にとって、冬の寒さは死と直結していました。繊維工場は壊滅し、一般の衣服は市場からほぼ消えていました。
そこへ大量に流れ込んだのが、終戦前夜に陸海軍が組織的に横流しした隠退蔵物資の衣類です。その総額は当時の国家予算の4倍、約2400億円にのぼるとされています。
なかでも旧日本軍の軍用毛布は頑丈で保温性が高く、仕立て直してコートや防寒着にするのが大流行しました。
カーキ色の軍服や飛行服は黒や紺に染め直され、戦後を生き抜く男たちの労働着として重宝されました。金銀財宝よりも「凍死を防ぐ毛布一枚」の方がはるかに価値を持つ時代でした。
第4位:アメリカ製タバコ(ラッキーストライク、キャメル等)
1946年2月、政府はハイパーインフレを抑えるため突如「預金封鎖」と「新円切り替え」を断行しました。旧紙幣は一夜にして使えなくなり、銀行預金も引き出しを制限されたため、人々は日本円を完全に信用しなくなりました。
そのとき「最強の安定通貨」として機能したのが、米軍兵士から流出するアメリカ製タバコです。腐らず、サイズが均一で、誰に渡しても喜ばれる——そのため物々交換の媒介としてそのまま支払いに使われました。
吸い殻を拾い集めて巻き直した粗悪なタバコですら商品として成立するほど、タバコ自体に強力な通貨としての価値がありました。
第5位:燃料(ガソリン・重油・アルコール)
復興のためのトラックを動かすガソリンも、暖房や工場に必要な重油も、ほとんど手に入らない時代でした。旧日本軍の隠退蔵物資やGHQ輸送部隊の兵士が小遣い稼ぎに横流ししたものが闇市に流れ込み、ドラム缶単位で裏ルートから燃料を確保できるブローカーは一夜でサラリーマンの年収数倍を稼ぎました。
また、流出した工業用・航空用アルコール(メタノール)は水で薄められ、密造酒「バクダン」の原料にもなりました。
第6位:砂糖(および人工甘味料)
1940年から配給制となっていた砂糖は、終戦時には国内にほぼ存在しない状態でした。極限の飢えとストレスの中にあった人々は「甘み」を強烈に求め、本物の砂糖は公定価格の数百倍にまで跳ね上がりました。
庶民が代わりに飛びついたのが、化学合成甘味料のサッカリンやデュルチンを使った汁粉やぜんざいです。後年に発がん性や毒性が指摘されて禁止されたこれらの甘味料も、当時は「辛い現実を一瞬忘れさせてくれる最高の贅沢」として、闇市の屋台に長い行列をつくりました。
第7位:アメリカ製チョコレート・缶詰(Cレーション)
「ギブ・ミー・チョコレート!」と米軍のジープを追いかける子供たちの姿は有名ですが、受け取ったものの多くは闇市へ流れていきました。
米軍の野戦食缶詰には肉やバター、クラッカー、粉末コーヒーが詰まっており、サツマイモのつるや水増しした雑炊しか口にできない日本人にとっては別世界の食べ物でした。高カロリーで衛生的なアメリカ製品は富裕層や肉体労働者の間でブランド品として流通しました。
第8位:塩・醤油(基礎調味料)
専売制や配給制の下でも手に入らなくなっていた塩や醤油は、地味ながら命に直結する存在でした。塩分が不足すれば倦怠感や脱水症状を引き起こし、最悪の場合は死に至ります。
闇市で売られていた醤油の大半は、海水で薄めたものや、大豆かすを塩酸で分解して化学的に作ったアミノ酸液(新式醤油)でした。まずく、身体にも悪いものでしたが、生きるためのミネラル補給として飛ぶように売れました。
第9位:カストリ焼酎(密造酒)
家を失い、家族を亡くし、その日暮らしの中にいた人々にとって、「酔って現実を忘れること」は娯楽を超えた救いでした。芋の皮や雑穀の残りかすを即席で発酵・蒸留したカストリ焼酎は悪臭が強く品質も最低でしたが、安価に酔えることから毎夜、労働者や復員兵が屋台に群がりました。
さらに安価なものとして「バクダン」がありましたが、これにはメチルアルコールが混入しており、「目散る(メチル)」という語呂合わせの言葉通りに失明したり、急性中毒で命を落としたりする人が毎日のように出ました。文字通り命がけの嗜好品でした。
第10位:石鹸・マッチ(日用雑貨)
火を起こすマッチも、体を洗う石鹸も、生活インフラの崩壊とともに市場から消えていました。特に石鹸の欠乏は深刻で、満足に風呂にも入れない環境の中でシラミや疥癬が爆発的に広まりました。
全身を激しいかゆみが襲い、かきむしった傷口が化膿して亡くなる子供もいたため、石鹸は家庭を守る女性たちにとってとりわけ貴重な存在でした。







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