国家から見捨てられた国民は非常事態をどのようにして生き延びれば良いのか?

自己判断して行動するしかない

国家の政治レベルが極端に低く非常事態においても適切な政策が実行されなければ国民の生活に多大なる影響を及ぼします。

新型コロナウイルスにおける政府の一連の動向を追ってきて感じたのが、政府は国民の生活よりも利権や経済を優先しており、本気で救おうという気は毛頭ないということです。

国難によって社会の負の部分が次々と炙り出されてきたのは良いことですが、現実は虚構の遥か上を行く衝撃的なものでした。

ピンチの時こそ人間性や物事の本質が見えてくると言われますが、まさに国家の在り方を考え直さなければならないほどの酷さです。

単純に与党vs野党という構図ではなく、それを上回る無関心層が生み出したモンスターだと思うので有権者にも責任があります。

政府だけでなく知事や市長の能力によってもその地位域に住む人々の命運を分けるほど大きな差が生まれています。

特に愛知や京都や奈良や兵庫や石川に住んでいる方は、現知事を選んでしまったことを心の底から後悔しているでしょう。

日本国内での感染1例目が1月15日で、それから約2ヶ月半ほどの期間で特に具体的な生活補償は行われませんでした。

オリンピックが開催延期された直後から東京の陽性患者数が跳ね上がりましたが、それでも都市封鎖までには至らずノーガード殴り合いです。

多くの国民が感染リスクとお金を天秤にかけてどちらかを犠牲にしなければならない選択を強いられており、テレワークに対応できない企業に務める会社員は不安な毎日を過ごしています。

自営業やフリーターはさらに不安定な立場に置かれているので、早急に生活補償をしなければ生きていけません。

もし国家の生活補償が期待できないと判断したら、実家に戻ったり家賃の安い地方へ引っ越しを考えるのも良いでしょう。

数日で状況が一変するスピード感

コメディアンの志村けんさんが経路不明による感染で瞬く間に重症化してお亡くなりになりました。

こうもあっさり逝かれてしまうと、まだどこかに隠れているような亡くなったという実感が湧きません。

感染拡大もこれまで類を見ないスピード感で混乱を招き十分に対応できていません。

刻一刻と状況が変化するなかで悔いの残らない生き方をするには、毎日を大切にしてやれることはなるべく後回しにせずやっておくのが一番です。

ふとした気の緩みで出かけた先が感染経路だったり、アレを準備しておけば助かったと後悔しても遅いので、常に万全の体制で油断しないことです。

あとは気を張りすぎて気疲れしないようにメリハリをつけて行動するようにしましょう。

新型コロナウイルスは日本だけの問題ではなく、世界中の国々で感染拡大しているので、長期化すれば深刻な食糧不足に見舞われるとの予測も出ています。

すでに自粛要請により保存の利く米やパスタの買い占めが発生していますが、普段の買い物を気持ち多めにしたり、ネット通販や宅配で購入するなら問題ないでしょう。

農家は自分で食糧を生産できるので、実家や親戚が農家だという家庭はいざという時に安心感があります。

市民農園の畑を借りて野菜を育てたり、ベランダ菜園で少しでも食べ物を手に入れる手段を増やすという考えも、今となっては軽視できないまでになりました。

人との接触を減らす・よく寝てよく食べ免疫力を高める・人口密集地を避けるなど、都市型生活へのアンチテーゼのようなウイルスが現れ、まるで地方創生を後押しするかのようです。

テレワーク・Web会議・時差通勤などこれまで消極的だった改革が半強制的に実行され効果を発揮し始めているので、人々の価値観や意識が変わるきっかけになるのではないかと思います。

国家に柔軟性がなくパンデミックのスピード感に対応できないのなら、より柔軟に動ける国民がピンチを切り抜けるための知恵を絞って生き延びるしか方法はありません。