玩物喪志 (がんぶつそうし) 古代中国の言葉から人生の教訓を学ぶ

ganbutsusoushi

がんぶつ‐そうし〔グワンブツサウシ〕【玩物喪志】
《「書経」旅獒(りょごう)の「人を玩(もてあそ)べば徳を喪(うしな)い、物を玩べば志を喪う」から》珍奇な物に心を奪われて大切な志を失うこと。

引用元:goo辞書

昔から物欲にまみれた愚か者が存在した

私たちの人生の大・大・大先輩にあたる古代中国の人たちの中にもこうした言葉が生まれるほど、物欲に目を眩ませた愚か者が存在したという事です。儒教思想が根付いた土地柄なのでが人間を形作るものとして重要視されていました。

人を侮ったり見下すことは徳を喪うことに繋がります。そして目新しい物によって人生を翻弄されると一番大切な目標や志を喪うという事を説いています。当時の言葉ですが現代にも当てはまるどころか、余計に物欲の刺激が強い世界になってしまいました。

常識をくつがえせるか

物を買うために働き住む場所も固定され、そこで一生の大半を過ごすという人生を送っている人が大多数です。本来持っていたであろうも社会に揉まれることで、すり減ってしまうのではないでしょうか。

生まれてから育児や進学に金を使い、社会に出ても社会的ステータスを保持するため物に金を使い、亡くなった後のお墓にまで金をかけるというお金と物にまみれた生活を余儀なくされています。

別に誰からの指示でもありませんが、まわりがよい学校や勉強に力を入れているから、まわりが持ってるから自分だけ持たないのは浮くから、先祖も葬式をあげ墓石の下に眠っているからなど当然のルールだから自分も守らなければならないという先入観に陥ってしまうのです。

当たり前の事を周囲の反発を振り切って変えていくには相当なエネルギーが必要です。残念ながら今の日本では物欲にまみれた人が大多数なので、志が削ぎ落とされてしまった腑抜けのような状態です。中国も古代中国とは比べものにならないほど腐っており、賄賂漬けの国家はもはや古代の面影はありません。

身軽さこそ最強の世渡り術

この腑抜け状態から脱し本来の志を取り戻すには、やはり物から自分を引き離すのが一番効果的な手段だと思います。物に執着しなくなった人間は今まで物に費やしていたお金やエネルギーを志へ一点集中できるので、愚か者よりも格段に早く目標を達成できたり、満足のいく成果を収めることが出来るでしょう。

そうした人から見れば物などただのぜい肉に過ぎず、ぜい肉どころか内蔵を知らぬ間に腐らせる異物のように見えるでしょう。誰しも完璧に心を研ぎ澄ませというわけではなく、後からお金やエネルギーの使い道を後悔することのないよう、あらかじめぜい肉を減らしておくと身軽で動きやすいよという話です。